所の法に矢は立たぬ

ここが重大問題である
ここが重大問題である。日本のように世界随一の美食宝庫に生を享けながら、俺はなんでもよいんだ、刺身可、トンカツ可、中国料理可、てんぷらよかろう、すしよかろう、人のくれたものなんでも感激なく黙々食う。こんなに自己存立を無にする輩の多い今の日本は、この上、さらに顔色すぐれざる人間に満ち、努力、勤勉なくして一身を保たんとする輩の続出なしと誰が保証するであろう。
 自己欲するところの美味いものを食いつづけようとする意欲は、一概にぜいたくなどという平凡な一語に動かされてはならない。美食共産主義などを起こし、美食の自由を求めんがために旗挙げせんとする者が輩出するならば、その挙を扶けんがために、不肖小生も一役買って、美食健康の演壇に絶叫するに吝かではない。
 平凡なやからが言うところのぜいたく食いをつづけ、心身の健康をつくり、頭脳をつくり、人一倍優れた仕事が出来得るならば、美食は経済の本旨に逆らうものではないではないか。美食礼讃の一席、まずはこの辺で……。
(昭和二十九年)
初台 歯医者